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[牧羊一念] 死ぬ覚悟で伝える福音

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  • 2014.10.13 17:47
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神さま道者として用いられるとき、その人の中に魂を生かそうとする情熱が

どれほどあるのかを見ておられる。私も説教するたびに、集まっているすべての

人が神のみこころにって生きることができれば、私は説教しながら死んでも

いいという、主の心を抱いて命がけてみことばを宣べ伝えようとする。

 

主は罪によって地獄に行くべきである魂を生かす「魂の救い」を切に願われて

いるので、たとえ道者が福音を宣べ伝えながら死ぬとしても、聞く者は救われる

ことを望んでおられる。神さまは人類が一人残らず福音を聞いて救われ、永遠の

命を得て、燃え盛る地獄には絶対に行かないことを願っている。

 

しかし、もし福音を聞く者がこの切ない神のみこころを全く理解せず、ただ福音を

聞くだけであれば、これは神の心を引き裂き、無視する行なのである。

 

聖書は、道者が切なる思いで、神のみことばどおりにえたにもかかわらず、

聞く者が受け入れずに、その魂が滅んでしまうなら、これは聞いた人の責任で

あると語っている。

 

「次のような主のことばが私にあった。『人の子よ。あなたの民の者たちに告げて

言え。わたしが一つの国に剣を送るとき、その国の民は彼らの中からひとりを選び、

自分たちの見張り人とする。剣がその国に来るのを見たなら、彼は角笛を吹き鳴らし、

民に警告を与えなければならない。だれかが、角笛の音を聞いても警告を受けない

なら、剣が来て、その者を打ち取るとき、その血の責任はその者の頭上に帰する。

角笛の音を聞きながら、警告を受けなければ、その血の責任は彼自身に帰する。

しかし、警告を受けていれば、彼は自分のいのちを救う」

(新改訳、エぜキエル書33:1-5)

 

警告の角笛を吹き鳴らす見張り人のように、私たちは、主のみこころを持って隣人に

のみことばをそのままえなければならない。また、そのみことばを聞く者は

伝えられる神のみことばに従順しなければならない。

 

 

/ユンソクジョン担任牧師

教会新聞402(2014-09-20)から抜き書きしました。

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