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【牧羊一念】世の価値、世間の物差しにだまされる人生

  • 조회 287
  • 2018.05.16 13:51
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【牧羊一念】 世の価値、世間の物差しにだまされる人生

 

の価値基準は常に変化していくものなので、私たちは常に世の基準にだまされつつ生きていきます。たとえば、値段が上がるだろうと思って住宅や土地を買い取ったのに、時間が経つにつれその価値が落ちてしまったとすれば、その分、世の基準にだまされたということです。世の中で生きながら、だれもが一度、このような経験があったと思います。

 

流行も同様です。しばらくの間、毛染めすることがきれいに見えて、黄系、赤系に染める人が多いです。しかし、いくらきれいに見せようとしても考えてみると、毛染めした人の本質は変わらないのです。その人がその人なのです。無駄なことです。

ドラマに嵌ることも同様です。ドラマに熱狂すれば、しばらくは嬉しくて興奮もします。連続してドラマをみればみるほど、より楽しくなります。最終回まで見てからも、続けて感動の余韻が残され、記憶の中でぐるぐる回ってまた、ドラマが見たくなります。しかし、そのような時間も考えてみると、すべてだまされたということなのです。私のたましいには何の助けも役に立つこともないので、無駄にただ時間を費やしただけなのです。

 

人々は世の文化、物質、文明、流行などが自分を残酷にだましているにも関わらず、一度も「なぜだましているか」と疑いも敵対もせず、むしろその中に陥って浮かれて暴れつつだまされているのです。

このに生きていく間、捨てられたその時間が私たちの肉体しくて感動的なこともあり得るです。しかし肉体わったの裁きの座ので、だまされた人生、出された人生、刈り取るものがない人生、無益な人生だったというを悟るなら、そのときどうなさいますか。

 

その無駄に費やしてきたすべての時間を除いてみて、自分のたましいのためには有益な日々だったのではないとき、自分のたましいはどうなるでしょう、ということです。正しくきてきたと思ったたちの人生が、ルカの福音書16てくる金持ちのように、自分のたましいを地獄結果をもたらすなら、どれほどしくて残念でたまらないことでしょう。

 

たちをくものに弄ばれてはなりません。欺いている世の流れ物質友人にだまされてはなりません。く世、環境、自分にだまされないで、欺くことがまったくないは天の父なる神さましかないというをしっかり知り、信仰生活をよくしていかなければなりません

 

 

   

/ユン・ソクジョン牧師

教会新聞562号(2018-01-27)により、抜粋しました。

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