子どもに「夢は何ですか?」と聞いてみてください。 「将軍」、「大統領」、「外交官」
とよどみなく答える。そのような人物になるまでどれほど頑張らなければいけない
のかは考えていない。
大学生に「これから何をしますか?」と聞いてみてください。
「大企業に就職しようと思います」、「ビジネスをしてみたいと思います」と答える。
ちょっと現実的であるけど、まだ夢はふくらんでいる。
しかし、40〜50代の大人たちに「あなたは何になりたいですか?」と聞いてみてください。
「今、この年齢で何が新しくなるのでしょう?まじめに生きながら、子どもたちをよく
育てるべきでしょう」と答えます。自分自身はほかに発展する可能性がないということを
知っているからでしょう。人間はこのように年をとるにしたがって挫折し、あきらめる。
肉的な人はますます腐って行き、思考力、体力、勇気、やる気がすべて崩れて行きます。
しかし、聖霊による人は年をとっても夢が大きい。過去に聖霊と共に生きて来た経験を
思い出し、自分が聖霊により従順し服従したときに、聖霊に自分の思いが支配される時、
新たな夢が生まれるということを知っている。「聖霊により頼めば、5年間に成し遂げる
働きを6ヶ月でやり遂げることができる!」と、膨らむ夢を持ちます。
聖霊による人は、1年の残りの人生でも素晴らしい働きを成し遂げることができる。
私たちは、夢見る際に聖霊の導かれにより夢を持たなければならない。聖霊により夢を
持てば、イスラエルの民に行なわれたように、荒野が大路になり、天からマナが降りて、
岩を打つと水が出てくる。
「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、
内なる人は日々新たにされています」(新改訳、Ⅱコリント4:16)。
命があまり残っていなくても、聖霊により夢見る者は偉大な神の働きを成し遂げられる。
教会新聞370号(2014-01-18)から抜き書きしました。