聖書が言う「死」は、肉体の死後に、神と永遠に分離される霊的な死、すなわち永遠の
地獄の刑罰の滅びに陥ることを意味する。
この死は、神の御前に人間が罪を犯した結果だ。最初の人間、アダムのゆえに、人類に
罪が入ってきてその罪により、人類は根が腐った木のように死ぬことになった。
神はこの死の絶望の中で、人類を救うためにご自分の子、イエス·キリストをこの世に送られ、
私たちが受けるべき、すべての苦しみ、呪い、蔑みを彼の体に追われ、十字架の上で肉を
裂き、血を流して死なせた。しかし、人間は、誰もこのむごたらしい死を理解していなかった。
イエスの遺体は、亞麻布に包み、墓の入口は石で固め閉じた。人類を救う神のご計画は、
悲劇的な死に端を結ぶようにした。
しかし、この絶望は、イエスが死からよみがえった復活の知らせとともに完全に逆転された。
イエスの墓はからになり、イエスは弟子たちに復活した姿を表わしながら、再び来られる
ことを約束された後、最後に神の右の御座に召されました。
イエスの復活は、彼が罪のない神の御子として、私たちの罪を代わりに贖って死んで
くださったので、私たちの罪が赦されたという証拠であり、罪のない神の御子を殺した
死の勢力、悪魔の不正を暴露するものであり、死ぬことを恐れて一生罪に縛られて奴隷に
なっていた人間に自由を宣言したものである。
それ以来、イエスの復活の知らせは最良の知らせになって、一瞬のうちに世界中に拡散され、
今日までこの知らせが伝わる所ごとに罪と呪いと病に苦しんでいた多くの人々が、解放を
大いに喜んでいる。復活こそ、神がこの世で行われた最大の御業であり、祝福なのです。
/ユン・ソクジョン担任牧師
教会新聞382号(2014-04-19)から抜き書きしました。