【牧羊一念】
互いに愛し合いなさい
使徒パウロは、コリント教会やガラテヤ教会の信徒だけでなく、どこに行ってもイエスを受け入れ救われた信徒たちを「兄弟」と呼びました。それは、イエスの十字架の血により生まれ変わった信徒たちは、皆同じ兄弟であることを強調するためでした。
同じ教会で体の一部分である私たちは、神様を「父」と呼ぶ兄弟として、血縁関係より近い身内なのです。イエスを信じる私たちは、天国で世の家族とは比べ物にならないほど、互いに愛し合いつつ、永遠に共に生きていく兄弟なのです。天国で永遠に共に暮らしていく人々ということです。
血縁で結ばれた親、兄弟、姉妹などの家族が、同じ家で身内の者として暮らしますが、もしイエスを信じないで地獄に行く人がいるなら、家族だといっても霊的には近い身内ではありません。天国でも、同じ教会で共に信仰生活してきた信徒たちがもっと近い関係となります。
世の人がいくらおしゃれで綺麗に化粧をしていても、牧師の目にはあまり魅力を感じません。けれども、私たちの教会の信徒たちは、貧しくみすぼらしく見えても、とても気になります。どうしてでしょうか。天国で永遠に共に生きる兄弟だからです。
ところが、最近は教会の信徒の間で少し話が合わなかったりすると、すぐに気を悪くして二度と会わないようにし、さらにそんな人に会いたくないから教会を離れたりもします。プライドと悔しさから、お互い顔すら見たくないのです。これが果たしてイエスの血によって生まれ変わって兄弟になった者たちがすべき行動でしょうか。信徒たちの間では、お互いに恨んだり憎んだりしてはなりません。ただお互いに愛し合うべきです。
「愛する者たち。私たちは互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛がある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者は神を知りません。なぜなら、神は愛だからです。」(ヨハネ4:7-8)
/ ユン・ソクジョン担任牧師
教会新聞<747号>の記事です。